【端午节】ドラゴンボートと粽を食べる2つの習慣
端午節は、龍舟節、重午節とも言われ、ドラゴンボートと粽を食べるのは端午節の2つの習慣である。中国では数千年前から伝承されているが、今も変わらない。端午節と春節、清明節、中秋節はともに中国の四大伝統の祝日と称される。端午節句は世界中に影響が広く、世界の一部の国や地域でも端午を祝う行事がある。日本では5月5日の「こどもの日」としてのイメージが強い。粽(関東)、柏餅(関西)、鯉幟、五月人形などの風物詩とともに男の子の節句として知られている。しかし、「端午」の本来の意味や由来について取り上げられることはあまりないかもしれない。
「端午」という言葉の由来は、干支と関係がある。かつて使われていた旧暦(農歴)は、十干と十二支を組み合わせた干支(天干地支)で表わされた。「端」は物のはし、つまり「始まり」を意味する。「端午」とは、五月に限らず月の最初の「午の日」のことで、五月五日とは直接結び付かない。では、なぜ「五」という数字が出てくるのか?その答えは「十二支対応表」にある。旧暦で月を表す場合、「寅」が一月で「丑」が十二月なので、「午」は五月となる。元々は、「午の月」の最初の「午の日」を節句として祝っていたが、上記の通り「午」が「五」を連想させること、また午と五の発音が同じであることから、旧層五月五日を端午節として祝うようになった。今年は新暦六月九日に当たる。
風習の起源については諸説あり、確かなことは未だ解明されていないが、紀元前三世紀の楚の政治家・屈原にまつわる話はよく知られている。詩人でもあった屈原は正義感が強く、人々から慕われていたが、陰謀によって失脚し国を追われてしまう。故国の行く末に失望した屈原は「汨羅江」という川に身を投げてしまう。それを知った楚の人々は、小舟で川に行き、太鼓を打ってその音で魚を脅し、ちまきを投げて屈原の遺体を魚が食べないようにした、と伝えられている。ほかにも、呉越民族の龍トーテム崇拝に由来するとする説もある。急に暑くなるこの季節は、昔から病気にかかりやすく、亡くなる人が多かった。そのため、ちまきを食べ、香包を身につけるなどして健康を祈願する節句となっている。
全体的には、端午節を各地の人々が過ごす風習は大同小異で、端午の節句にちまきを食べる。昔から今まで、中国の各地は同じ、今のちまきは更に多種多様。現在各地の粽は、一般的には笹殼(植物の葉)でもち米を包み、中に含まれている餡は各地の特産品と風俗によって特徴づけられる。リュウガン粽、肉粽、水晶粽、蓮蓉粽、蜜餞粽、栗粽、辛粽、漬物粽、ハム粽、塩卵粽などが有名。総じて言えば、南方は肉粽など塩系統の粽を食べ、北方はリュウガン粽など甘口の粽を食べる。
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